先日のAppleの年次開発者会議で、テクノロジーの歴史における重要な瞬間が刻まれました。Apple独自の人工知能システム「Apple Intelligence」が発表されたのです。Tim CookはSteve Jobsほどステージでの存在感はないかもしれませんが、この発表イベントの重要性は初代iPhoneの発表に匹敵するのではないでしょうか。Apple Intelligence(略すと「AI」となる巧妙なブランディング)の導入により、Appleは世界中の膨大な数のユーザーにAIを提供できるようになるため、これまでにない規模でのAIの普及が期待されます。
エコシステム全体にわたって人工知能をシームレスに統合するAppleの戦略は、私たちのテクノロジーとの関わり方を再定義するものとなるでしょう。5年後には、AIがAIとしてではなく、デバイスの標準機能として認識されるほど普及しているかもしれません。Siriの残念な性能で当初はAI競争に遅れをとったAppleですが、Apple Intelligenceの登場を機に、パーソナルアシスタント市場を席巻する絶好のチャンスが訪れているのです。市場を勝ち取れるかどうかは主に普及にかかっていますが、Appleはすでにスマートフォンを通じて私たちの生活に深く浸透し、ほぼくつがえしようのない優位性を確保しています。
Microsoftが打ち出したAI対応PCと比べても、スマートフォンに直接AIを組み込むAppleのアプローチは、より広範かつ強力なユーザー層にリーチできます。しかもAppleは、私たちが日々使っているデバイスを通じて膨大な量の情報(決済内容や日常的な行動パターン、メッセージ、アプリ内の非構造化データなど)にアクセスできるのです。これらのデータを活用したAIが、パソコンやiPad、Apple Watch、Apple TV、AirPodsを含むAppleのエコシステム全体にわたって統合されることで、シームレスなユーザーエクスペリエンスや、これまでにないレベルのタスク自動化が実現されるでしょう。
例えば、同社の説明によると、Apple IntelligenceならユーザーがiPhoneに「先週ジョズさんが共有してくれたファイルを探してきて」とか「先日妻が送ってきたポッドキャストを再生して」と言うだけでタスクを実行できるそうです。しかし、実際にはおそらくこれを超える、日常生活そのものに統合されたAIとして登場するでしょう。重要なプレゼンテーションの前日には、しっかり睡眠を取るようにAIがリマインドしてくれて、夜には睡眠を追跡し、朝には最適な時間に起こし、プレゼン会場に向かっている最中にはそのことをチームに通知してくれるようになるのです。ここで気になるのが、このレベルの統合が実現することで、私たちはスマホをもっと使うようになるのか、それとも今より使わなくなるのかという点です。「もっと使うようになる」が答えのように思えますが、おそらく主に音声コマンドやバックグラウンド操作による、よりシームレスで邪魔にならない形での使用が増えるのでしょう。
この変化により、スマホを常にいじる習慣が改善されるなど、私たちはより健康的にスマホと付き合えるようになるかもしれません。一方で、AIとの深い統合はプライバシーに関する重大な懸念をもたらします。Apple Intelligenceの構想の一環として、AppleはOpenAIと提携しましたが、これにより各種アプリのデータがOpenAIに開放されるようになるからです。GoogleがApple端末のデフォルトの検索エンジンとなるために年間200億ドルも支払っているのに対し、OpenAIは金銭的なやり取りなしでAppleと提携しているわけですが、このAI競争に追いつくためにAppleどれほど必死であるかが伺えます。
また、この提携が長期的にどう展開するかについても、複雑な要素が絡んでいます。というのも、OpenAIのSam Altmanが「全ての人にAIのパーソナルアシスタントを届ける」ことを目指している一方で、Appleは自社デバイスの厳密な管理によりエンドユーザーを囲い込む戦略をとっているからです。Appleの歴史を見ても、プロダクトやサービスを最終的に垂直統合する傾向があることから、今回の提携の将来性については疑問を抱かざるを得ません。Sam AltmanがAppleの元スターデザイナーJony Iveと交渉中で、新たな競合デバイスを開発しようとしているのではないかとの噂もあります。Tim(Apple)とSam(OpenAI)は、片手で握手をしながら、もう一方の手ではナイフを握っているような関係性なのかもしれません。
テクノロジーが急速に進化する中、スタートアップは計画や投資、開発、実行の各段階でますます多くの課題に直面しています。プロダクトの売り方も変化していて、「検索エンジンやソーシャルメディア」から「チャットボットやレコメンドエンジン」へとスタンダードが変わるなど、状況をさらに複雑にしています。投資家としても、この市場環境が落ち着くまでつい様子見したくなります。しかし、Sam Altmanのアドバイスを参考にするなら、大事なのはこの基盤モデルの飛躍的な向上が「脅威」になるか「チャンス」になるかを考えることです。つまり、自分たちのビジネスにとってプラスになるか、マイナスになるか。そこを見極めるのが鍵となるでしょう。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital