「どうすれば良いスタートアップのアイデアが見つかるか」といった質問を、起業家を目指す方々からよくいただきます。しかし、成功する起業アイデアが生まれる過程は実に様々であるため、具体的に回答するのをためらうことが多くあります。実際に成功したスタートアップの話を聞いても、起業家がアイデアをひらめくまでの経緯が「創業神話」として美化されていることが多く、参考になるとは限りません。生存者バイアスや歴史の修正が横行しているため、他のスタートアップの事例を研究しても、むしろ誤った認識を招く可能性があるのです。
とはいえ、何度もこの質問を聞かれるため、どう答えるべきか以前から考えてきました。もし私が新たにスタートアップを立ち上げるとしたら、次の3つのポイントを考慮してアイデアを練るでしょう。
どの分野になら、少なくとも10年間は打ち込めるか
ソーシャルメディアやニュースから得た情報だけでは、スタートアップが大成功する確率や、優れた企業を作るのにかかる時間について誤解してしまうかもしれません。人は基本的に良い面だけを発信するからです。現実には、意義のあるスタートアップを作るには何年もの努力や忍耐が必要です。自分が取り組んでいる分野や問題に対して本当に興味がなければ、これは非常に難しいでしょう。そこで、十分な熱意があるかどうかを確かめるためのシンプルなテストがあります。起業を考えている分野で、成功するかどうかの確証もないまま、5年後もまだ事業を軌道に乗せようと奮闘している自分の姿を想像してみてください。ぞっとしましたか?それが1つのサインです。
10年間ずっとその分野で働いている自分の姿を想像できるような3~5個の分野に絞り込むことができれば、会社を作っていく上で避けられない様々な困難を辛抱強く乗り越えられる可能性が大きく高まるでしょう。
もう1つ考慮すべき点は、選んだ市場に将来的に事業を拡大し続ける余地が十分にあるかどうかです。スタートアップに長期間取り組むのであれば、隣接市場にビジネスを進化させて参入する可能性も含め、ほぼ無限に広がる市場のほうが望ましいでしょう。長期にわたって、多くのビジネス機会が期待できます。
業界にどのような変化が起きているか
以前にも書いたように、スタートアップが大きな成功を収めるためには「タイミング」も非常も重要です。ですので、注力する業界をいくつかに絞り込んだら、次はそれらの業界でどのような変化が起きているのかを調査しましょう。例えば、規制の改正や技術の進歩、社会的な変化などです。顧客に話を聞いたり、調査レポートを読んだり、業界の専門家と話してみると良いでしょう。こうした変化を、Coral Capitalでは「変曲点」と呼んでいます。VCがほぼ必ずと言っていいほど尋ねる「なぜ今なのか」という質問に対する答えの1つでもあります。実際、大成功を収めたスタートアップには、どれも市場にパラダイムシフトをもたらす追い風が少なくとも1つ、そして多くの場合は複数あったと考えられます。既存企業がまだ気づいていない、または追いついていないタイミングが、スタートアップにとって千載一遇のチャンスとなるのです。
自分の強みを活かせるのはどこか
どんなに素晴らしいアイデアでも、それを実行するために必要な特定のスキルや能力がなければ意味がありません。ベンチャーキャピタル用語では、これを「ファウンダー・マーケット・フィット」と呼びます。一見、単純なことに思えるかもしれませんが、実際には単に業界経験があるかどうかだけの話ではありません。以前にも記事で書きましたが、イーロン・マスクは宇宙産業の経験がないままSpaceXを立ち上げました。一方で、マーク・ベニオフはB2Bソフトウェア業界で豊富な経験を積んでからSalesforceを創業しています。どちらのパターンも成功する可能性があるのです。大事なのは、特定の起業アイデアを成功させるために必要な要素を基本的な原則に立ち返って見極め、自分がそれらの要素を持っているかどうかを考えることです。すべての要素を起業家自身が持つ必要はありませんが、チーム全体で必要な要素を揃えることが重要です。
優れた起業アイデアを見つけるための万能なアプローチはありません。必要なのは、自分の興味や熱意、市場のタイミングの見極め、そして自分の強みを活かせる分野がうまく組み合わさることです。難しそうに思えるかもしれませんが、まずは自分が純粋にワクワクする分野を探すことから始めてみましょう。そして、その中で追い風となる変化が起きている分野を調査し、自分とチームが独自性や強みを発揮して成功しやすい領域を評価していけば良いのです。スタートアップを作るのには何年もの努力が必要です。しかし、これらの要素がうまく交差するアイデアを見つけることができれば、起業に伴う様々な困難を乗り越えやすくなり、その道のりもより充実したものになるでしょう。結局のところ、成功するアイデアというのは「突然のひらめき」ではなく、長期にわたって意義のある問題解決に深くコミットすることから生まれることのほうが多いのです。
Founding Partner & CEO @ Coral Capital