Y Combinatorは、創設約16年になる業界では誰もが知るシリコンバレー拠点の名門アクセラレーターです。これまでAirbnb、Dropbox、Stripe、Reddit、Instacart、Docker、Gusto、Coinbase、OpenSeaなど3,500社以上の企業に投資していて、投資先企業の時価総額の合計は約70兆円にも及びます。
今回、Coral CapitalではY Combinatorでマネージングディレクター兼CEOのMichael Seibel氏をゲストにポッドキャストのインタビューを行いました。Seibel氏はJustin.tvとSocialcamという2つのスタートアップ企業の共同設立者兼CEOでした。Socialcamは2012年にAutodeskに売却、Justin.tvは後にTwitch.tvとなり、2014年に1,000億円近いと言われる巨額でAmazonが売却した成功したスタートアップです。Seibel氏はイェール大学で政治学の学士号を取得しています。
インタビューを日本語記事と、英語によるインタビューのポッドキャストの両方でお届けします。ポッドキャストは、Apple Podcastsか、Google Podcasts、またはSpotifyからお聞きいただけます。
- ゲスト:Y Combinatorマネージングディレクター兼CEO Michael Seibel氏
- 聞き手:Coral Capital創業パートナーCEO James Riney、同パートナー兼編集長 西村賢
The Coral Capital Podcastでは海外の投資家・起業家へのインタビューを今後も予定しています。Apple Podcastsのリンクか、Google Podcasts、またはSpotifyのリンクから、ぜひフォローしてください。
James:Coral Capitalのポッドキャストにようこそ! お聞きいただいてる皆さん、ありがとうございます。私がMichaelと初めて会ったのは、数年前で、ここ東京のことでしたよね。あのときは、YCもCoralも今とは全く違いました。あれからYCは大きく成長しましたね。
Coralをフォローしている人なら、ほとんどの人がYCを知っていると思いますが、念のため、YCのことを3分くらいで簡単に説明していただけますか?
Michael:もちろん! Y Combinator―、私たちはYCと呼んでいますが―はスタートアップ・アクセラレーターです。世界中の誰もが応募することができ、どの企業に対しても標準化された投資を行います。私たちが良く言ってるのは、アクセラレーター参加企業に対して、最初の応募時点からIPOまでをずっとサポートするということです。皆さんが知っているのは、他のYC参加企業と一緒に過ごす3カ月間のプログラムですよね。この3カ月間で会社を成長させて、最後のデモ・デイに資金調達をします。
でも、たぶん多くの人が知らないのは、YCが卒業企業に対しても、さまざまなツールを提供しているということです。YC卒業企業は、私たちが作ったソーシャルネットワークに参加していますし、特典として多くのソフトウェア製品を無償または非常に安く利用できます。800社近い企業がYCに対して、こうした割引を提供してくれています。
また、投資家データベースにもアクセスできます。スタートアップの世界で最も活発な5,000〜1万人の投資家のデータベースにアクセスできるんです。ほかにも参加企業同士で話し合えるコミュニティー・フォーラムや、YCを卒業した8,000人以上の同窓生の名簿にもアクセスできます。
さらに、シリーズAやシリーズBなど、さまざまな節目で参加できるプログラムも用意されています。YC創立の背景にあったのは創業者に優しいアクセラレーターを作って、世界中のどこの企業であっても支援する、という考えでした。これまでに3,500社以上の企業に資金を提供していますね。
James:最近も2社が上場しましたね。
Michael:ええ、ここ2、3年で16社が上場しました。YCは約16年前に設立されたのですが、見ていて驚くばかりです。今ごろようやく気づいたのですが、ほとんどの偉大な企業にとって、株式公開は本当に旅の始まりに過ぎません。スタートアップの世界では、株式公開がとても重視されていますが、私が知る限り、株式公開をしたほとんどの創業者は、次の10年をどうしようかと考えています。
James:株式公開はゴールではないですよね、本当にスタートラインです。
今もYCがトップ・アクセラレーターであり続けるワケ
Ken:YCは設立16年になるんですね。 YCは世界で恐らく最初期のアクセラレーターの1つだと思いますが、今でも創業者にとってYCが特別な存在である理由は何でしょうか? アクセラレーターとして他と違うのはどこでしょうか?
Michael:YCには、ほとんどの人が気づいていない大きな特徴が2つあると思います。
1つ目は、どんなエリート大学にも共通していることだと思いますが、教授や建物の質よりも学生の質の方がはるかに重要だということです。 YCに参加する創業者たちは、素晴らしい経歴を持った、とても優秀な人々の集まりです。そうした人たちが集まって、互いに助け合い、支え合おうとしています。
私がよく言うのは、もし今、MIT(マサチューセッツ工科大学)にいる学生たちを、どこかの小さな大学に移したら、そこは世界でも有数の工科大学になるということです。
これがYCの最大の功績だと思います。
次に、私たちが「していない」ことがあります。私たちは、最高の創業者は自分で戦略を考える人であり、どこに滞在するか、どこにオフィスを構えるかを自分たちで考える人であるべきだと考えています。
ときどき思うのは、他のアクセラレーターは、いろいろやろうとしすぎているということです。私たちが本当にやろうとしていることは、投資先企業の創業者が「そのビジネスにおいて賭けるべき最大の仮説とは何か、本当に証明しなければならないことは何か」を、2つか3つ特定して、そのことに集中して、他のことは全て無視するように支援することだと考えています。最初のうちはあれこれ心配するより、大切なこと以外の全てを無視したほうがはるかにいいんです。そう考えて安心するよう助言しています。
YC参加の50%は海外企業、でも日本からの応募はごくわずか
James:YCの参加企業数は大きく増えているように思いますが、1つのバッチあたり参加社数は?
Michael:典型的なYCバッチだと、今は参加企業数が約400社になっています。約1万5,000〜1万6,000件の応募の中から、半年ごとに約400社を決定しています。
Ken:倍率は約40倍くらいですね。
James:YCバッチの中でアメリカ以外の国の企業の割合は、どのくらいなのでしょうか?
Michael:最近のバッチはリモート運営だったので、約50%が海外企業です。
James:50%も! 以前は、そんなに高くなかったと思いますが、どんな感じで増えたのですか?
Michael:そうですね、7年前でも海外からの参加は20%くらいしかなかったと思います。これが大きく変わったきっかけはコロナですね。コロナでシリコンバレーのスタートアップの大部分はオンライン化せざるを得ない状況になりましたが、その結果、以前なら米国に拠点を移してYCに応募するという選択肢が現実的でなかった膨大な数の企業が、今ではYCに参加ができるようになりました。
Ken:50%ある海外からの応募の中で、アメリカ以外のどの国からの応募が多いのでしょうか? 内訳は?
Michael:私たちは国ごとではなく地域単位で考えることが多いですね。YCの応募者が最も多い地域は、ヨーロッパや南米でしょうか。それに加えて、インド、東南アジア、アフリカ、中近東といったところが続きます。
正直、いま私がこのポッドキャストに出演している理由の1つは、日本がこのリストに入っていないからですね。
東アジアと日本です。中国がリストに入っていないのは、いろんな理由がありますが、東アジアがリストに入っていないのはなぜなのか、その理由を探ってみたいなと個人的には思っています。
James:応募が多い地域に何か共通点は? 地域のエコシステムがあまり活発ではない、とか?
Michael:いえ、特にありません。シリコンバレーの中からも、いまも大量にYCへ応募が来てるわけですからね。現時点では、日本が特殊だとは言いたくありませんが、経済活動が盛んなのに応募が来ないということを考えると、日本は特殊と言って良い状況になりつつあります。私は韓国のスタートアップと仕事をしたことがありますし、香港や台湾の企業とも仕事をしました。だから日本は、東アジア地域で最も応募が少ない国ですね。
アメリカのプロダクトが最良とは限らない
Michael:興味深いのは、国を超えて活躍する創業者たちを集めてみると、彼らの国に共通点があることです。
新興市場ですごく良くあるのは、すでに成功しているアメリカ企業に相当する自分の地域版を作ることですよね。南米のAmazon、とか。でも最近では「アメリカ版」が最良と限らないということに気づいている人たちが出てきました。少なくとも、すべての地域・環境にとって「アメリカ版」が最適と限らないことも確かです。
さらに新興市場の多くの創業者は、自分たちが解決しようとしている問題が、自国だけの話ではなく、いかに一般的なものであるかを理解し始めています。南米、アフリカ、中東、東南アジア向けのプロダクトのほうが、北米と南米を同時に押さえるよりも、ずっと簡単なことかもしれません。
だから米国の創業者が必要としないアイデアやソリューションを、新興国の創業者同士が共有することが増えています。これは国際化を進める上で、最も面白いことの1つだと思います。
James:それは良く分かりますね。海外の投資家に日本のスタートアップを説明するとき、「これは日本版XXXです」(日本版Uberなど)と言うことが良くあります。でも、別にXXXのパクリだと言いたいわけではないんです。単にそう説明したほうがわかりやすいというだけで。実際には地域ごとにニュアンスに違いがあり、複雑さも違います。だからプロダクトとして全く違うものになっているものです。
私は日本にいてそのことに気付きましたが、恐らく他の多くの地域でも同じことが言えるのでしょうね。
Michael:米国の創業者は早くからそうだったと思いますが、海外の創業者も、最近は国境を意識しないことが多くなってきました。
だから、自分の会社がグローバルに発展していくことを、ほとんど当然のことと想定していると思います。YCに参加する国際派の創業者たちは、そのような文化を受け入れ始めています。例えば、インドから応募してきて、グローバルなソフトウェア企業を作ろうとしている人がいますが、彼らは競合する米国企業をリストアップしています。これは他の地域でも同様です。
だから私に言わせれば、ユーザーから見たときに国内のソフトウェアしか購入対象にならないとしたら、それでは最高のソフトウェアを買えないということではないか、という感じがします。
シリコンバレー以外の地域からYCに応募してくる創業者の価値は、地元企業の価値とは全く異なると言えるのじゃないかと思いますね。
創業者フレンドリーな投資の条件とは?
James:YCが海外の創業者に与える最大のインパクトは何だと思いますか?
Michael:シリコンバレー以外の資金調達環境は、正直なところ創業者にとって不利なものであることが少なくありません。創業者に優しくない傾向があるからです。海外の創業者がYC参加で得られる最大のメリットは、米国の投資家だけではなく、世界中の投資家から、とても高い評価を得る傾向がある、ということです。
多くのグローバルなスタートアップ企業で当てはまるのは、YCに参加して7%を提供してシードラウンドを行う企業のほうが、地元の投資家コミュニティーでシードラウンドの資金調達を行って20〜30%を売らなければならない企業よりも、結局は希薄化が少ないということです。地元コミュニティー内の価格が低ければ低いほど、YCの採算性は高くなると思います。日本での価格がどうなっているかは知りませんが、シリコンバレーでは非常に高くなっています。多くの海外の創業者がその恩恵を受けており、彼らにとっては良いことだと思います。
James:具体的には、どんな条件が創業者フレンドリーですか?
Michael:会社を設立するとき、例えば最初の300万ドルの資金を調達するとしますよね。その調達はいろいろな名前で呼ばれます。シード、ポストシードのエンジェル(友人や家族)など、ともかくシリーズA前にソフトウェア会社を立ち上げるための300万ドルです。
何よりもまず妥当なのは、この300万ドルで、会社の25%以上を売却しないことだと思います。あるいは、恒久的なボードシートを渡さないことも妥当だと思います。資金調達のために弁護士を必要としないこと、というのも合理的な期待です。
業界の標準的な条件で資金を調達することができるはずです。順次、繰り返し資金調達ができるのも合理的だと思います。全額を1度に集める必要はありません。また、スーパープロラタや拒否権、古すぎる情報受領権などは、ラウンドに含まれないのが妥当だと思います。そして最後にバリュエーションではポストマネーの表現を使うことです。そうすれば、創業者は自分がどれだけ希釈されているかを正確に知ることができますからね。以上が、私が思う、創業者にとって非常にフレンドリーな条件であり、YCで最もよく見られるものです。
日本の「株式会社」はYC応募の対象外?
James:これは以前にオフラインやメールで簡単に話し合ったことですが、企業の所在地についてはいかがですか? YCのサイトには応募要件として、アメリカ、ケイマン諸島、シンガポール、カナダのいずれかの国で法人登記している必要がある、と書かれています。これは、主に日本市場に焦点を当てている日本人の創業者にとっては、明らかに障害です。
実際、これまで何人かの創業者からYCへの応募について相談を受けましたし、もちろん私はいつでも推薦自体はウェルカムなんですが、この条件が大きなネックになっています。だから気になるんですが、YCは日本国内の企業に投資する可能性があるかどうかということです。今のこの要件の背景にはどのような考えがあるのでしょうか?
Michael:まず最初に指摘したいのは、私たちが対象国を増やしてきたのは、私たちが一緒に仕事をしている米国投資家が最も多く投資をしている国です。投資家がデモ・デイに参加したときに、ピッチするどのスタートアップであってもすぐに小切手を出せるような法人であるようにしたい、という考えからです。
もう1つは、地域ごとの企業の数に応じて場所を拡大してきたことですね。
だから、日本市場にフォーカスしている企業で、日本で法人化したままYCに申し込むという場合は、米国やシンガポールなど、YCが受け入れている地域で設立された企業を親会社に持つのが良い、ということですね。
率直に言ってグローバルなソフトウェア企業になるのであれば、米国の株式市場に上場したいと思うでしょうし、そのためには米国企業である必要がありますからね。米国企業であることには様々な利点があります。 私としては、このような層の創業者に焦点を当てて、スタートを切りたいと考えています。
YCコミュニティーには、ソフトウェアを売っていくための素晴らしい機会があります。YCには8,000人の卒業生がいますが、彼らは会社を経営していたり、他の会社の役員になっていたり、自分の会社の社員になっていたりします。これはソフトウェアを販売していく対象グループとしては膨大な人材の集まりなのです。
そういったことに興味がある方にとって、YCは素晴らしい第一歩になると思います。
日本のスタートアップがYCに応募するかどうかの判断基準は、一般的に言えばローカル市場ではなくグローバル市場を視野に入れているかどうか、ということになると思いますが、中にはそれぞれの国や地域の市場に特化しているYC参加企業もあります。
成功していて、かつ地域内に閉じこもっているスタートアップ企業というのは、今後10年でどんどん減っていくと思いますね。
James:南米のRappiはどうですか? 特殊なケースということですか?
Michael:Rappiはコロンビアから始まり、今では南米全体で事業を展開しています。でも、もし日本の企業が東アジア市場を取りに行こうと思ったら、最低限、その地域でも活動できるように法人化する必要がありますよね?
いや……、どうでしょうね、Rappiは今後10年ずっと南米だけで勝負すると思いますか? いやいや、Uber Eatsはグローバルに戦っていますよね? Rappiもグローバルで勝負したいと思っているんじゃないでしょうか。インターネットの良いところは国境を越えることです。なぜ自ら市場を制限するのですか?
今の日本には、他の国のプロダクトよりも優れた素晴らしいプロダクトがきっとあるはずです。面白いのは、新しい地域のコミュニティーがYCに参加するたびに、そのコミュニティーが、他のどの地域よりも優れている点を、みんなが学び始めることです。そして、それを世界に向けて発信する。
日本には、そのようなコミュニティーがたくさんあって、今後ブレイクする可能性があると確信しています。もちろん、グローバルに戦うことには、より高いリスクがあるかもしれませんよ、リスクが高くないとは言いません。
James:そうですね、ポッドキャストのリスナー向けに、少しコンテキストを共有すると、従来の日本は初期段階のシード資金の供給があまりなかったので、米国で法人設立するのも理にかなっていたと思います。グローバルな投資家は、日本のスタートアップへの投資を検討する際に、弁護士費用をかけたくないですからね。
(参考記事:シリコンバレーで資金調達を目指す日本の起業家がすべきこと、すべきでないこと | Coral Capital)
例えば、500 Startups Acceleratorに参加した日本のスタートアップ企業は、このような理由で問題を抱えていたと思います。結局、彼らの主な市場は日本であり、投資家も結局は日本人でした。
しかし、これがレイターステージだと話が違ってきます。日本の法人でも米国の法人でもどちらでも違いはありません。重要なのは、その投資家が日本や日本企業への投資に興味を持っているかどうか、ということですよね。デラウェア州に住所があるかどうか、ではありません。
Michael:なるほど、それは良い指摘ですね。
ソフトウェア企業に国境はない
Michael:ただ、私が言いたいのは国境内での活動にしか興味のない創業者にはYCはあまり適していないのではないか、ということですね。
ソフトウェアのビジネスが特定の国の国境内にとどまる、という風に思えない世代の創業者がいるはずです。それが、私たちが言いたいことです。これまで多くのプロダクトがYCを通過していると思うのですが、どのプロダクトも、どこか特定の国でのみ販売されたものではありません。
開発ツールを作れば、世界中の誰もがその日のうちにサインアップできます。米国企業ではなく、最初からグローバル企業なのです。
インターネットや人々が使うソフトウェアの多くは、国を問わないものだと私は考えています。Postgresを使っていて、「自分の国に最適なデータベースを見つけよう」などとは考えませんよね? そんなことは、どうでもいいのです。
長らく、日本には市場を制覇して成功したスタートアップ企業が存在しているのは明白です。そのためのパイプラインやエコシステムもあります。私が疑問に思うのは、世界を制覇したいと思っている創業者はどうなるのか、ということです。
James:ここで私は反論したいと思います。日本の法人だからといって、世界に進出できないわけではないですよね。以前は、日本の調達環境は限定的でしたが、今では日本のスタートアップ企業には年間6,000億円ほどの投資が行われていると思います。
これまでとはまったく違う世界です。だから日本にいても良い条件で調達することができます。そして、世界の投資家から資金を調達する際には、日本の企業であるかどうかはもはや問題ではなく、同じメトリクスやトラクションで話をすることができますよね。
あとは株式公開ですね。先ほどお話した米国で法人化した企業の中には、結局、日本法人に変更しなければならなかったところもありました。これは非常にコストのかかるプロセスでした。時間もかかるし、頭痛の種にもなりました。
そもそも市場がグローバルであるにもかかわらず、デラウェア州に法人を設立したのは、最終的にはあまり意味がありませんでした。
大事なのは最高の条件を得られるかどうか
Michael:私が言いたいのは単純にこういうことです。Googleで検索してみると、Apple、Microsoft、Alphabet、Amazon、Facebook、TSMC、Tencent、Nvidiaという世界のトップ10のハイテク企業が出てきます。もしあなたがそのリストに入りたいと思っている創業者であれば、グローバルを第一に考えるべきですよね。
創業者が資金調達をするときというのは、自分の会社のオークションを開いているようなものです。なぜオークションを行うかというと、最高の価格で、最高の付加価値を与えてくれる投資家を求めているからです。もし法人化する場所によってオークションの規模が制限されているのであれば、基本的には最高のオークションを行っているとは言えません。
米国で法人化された会社は、初期の段階では、可能な限り最高のオークションを行うことができる傾向にあると言いたいですね。それに、米国の投資家とオークションを行うだけで、地元の投資家がより良い条件で投資してくれるようになることが良くあります。
James:それは同意です。
Michael:これまでに何度も経験してきたことですが、他の投資家たちに自分の存在をアピールすることで、ほとんどの場合、素晴らしい交渉材料を得て、より良い条件を引き出すことができるのです。ですから、創業者として考えなければならないことは、どうすれば自分の会社を最高の状態で運営できるのか、ということです。
最高の条件で資金調達ができれば、グローバルな投資家に売り込むことができるようになります。これは良い戦略です。シードマネーを調達できるかどうか、というのは論点ではないですよね、だって日本には巨大なコミュニティーがありますからね。
重要なのは、最高の条件を得られるかどうかです。世界に通用する会社を作りたいのであれば、最高の条件を得られるかどうかです。それがゲームのルールで、私たちはYCに参加するそのような創業者を見つけようとしています。YCが完璧とは言いませんが、私たちは世界的な野心を持った創業者を見つけようとしているのです。
James:そうですね、例えば、すぐに北米市場に進出したいということなら、ある程度同意できます。でも、 日本はナイジェリアやインドネシアではないですからね。非常に安定性のある独立した法治国家です。
私たちが見てきたところで言えば、結局、その投資家が日本のスタートアップや市場に関心があるかどうかです。関心があるなら投資をしますし、そのとき日本の法人かどうかは関係ない、ということです。
Michael:いまの話は現在の話? 今後の話ではないですよね? もし私が日本で「次のGitHub」を作りたいと思っている優秀な開発者だったら、今後10年の人生はどんなものになるでしょうね? 私が言いたいのは、そのようなタイプの創業者の場合、最低でも世界の投資家コミュニティーを調べてみるべきだ、ということです。
そうでなければ、目的を達成することができません。ベストな形で次のGitHubを目指すのであれば、それはグローバルなプロダクトでしょう。市場へのアクセスはあまり重要ではありません。以前のように自分の会社の売上がどの国から来ているのかを基準にして収益を計上することはないと思いますからね。
B2BのSaaS企業を経営している人の中には、どこの国で売上が立ってるかなんて気にしていない人もいます。彼らが気にしているのは、顧客の質です。セールス・チームを構築したりするのはもちろんレイター以降の話ですが、オーガニックに成長する真のB2B SaaS企業にとっては、どんなビジネスにも対応できる最高のプロダクトを世に送り出すことこそが重要なのです。
私は、従来の経済のやり方にとらわれないようにしたいと思っています。次の10年、15年、20年に向けて、経済がどのように機能し始めているのかを見きわめないといけません。 もし、日本のソフトウェア企業が、もっと早い段階でグローバルな顧客に向けて売り込んでいたら、日本から世界最大級のテクノロジー企業が生まれていた可能性は、きわめて高いと思っています。私はそのような企業が存在すると確信していますし、それを望む創業者もいます。
言葉の壁を超える海外出身のYC起業家
James:そうですね、私たちCoral Capitalも基本的には同じ考えです。一方、日本における固有の言語や文化の障壁も重要な点だ、というのが私たちの見方です。そこでお聞きするのですが、海外から米国に来たYCの創業者たちは、言葉や文化の壁があってもYCプログラムを経て成功しているようですね?
Michael:ええ、すごく良い例がありますよ。Rappiの話はしましたよね。Rappiの創業者は、英語を母語としていません。
Rappiはコロンビアで事業を展開していましたが、南米市場で最大の経済規模を誇るブラジルに拠点を移すことになりました。第3言語のポルトガル語を学ばなければなりませんでした。YCで私たちとコミュニケーションをとるためには、十分な英語力が必要ですが、英語が母語ではない創業者もたくさんいますし、それは問題ではありません。
繰り返しになりますが、グローバル企業になるにはコミュニケーションに必要な英語を話さなければなりません。 インドも台頭してくる中で、今後より一層、英語は必須条件となるでしょう。若い創業者には「もし本当にやりたいことなんだったら、本気で取り組もう」と、お伝えしています。
それに……、実際には日本人の皆さんは、かなり英語を話せるそうではありませんか。ちょっとシャイなんですかね。でもスタートアップの創業者は恥ずかしがり屋なんかじゃないですからね。だから、英語を上手に話せる素晴らしい創業者が大勢いるはずだと思っています。日本の創業者と交流したことがありますが、日本でもアメリカでも問題になったことはないですね。
James:日本には「ステルス」の英語スピーカーがたくさんいます(笑)。英語を読めるし、聞けば理解できるけど、話さないだけ、という人たちです。私が日本語を流暢に話せると分かった途端に、それっきり英語を話さなくなる人は多いんですよ。私が日本語を話すと、その人たちは、もう2度と英語では話してくれなくなる(笑)
Michael:言葉が問題になることは絶対ないですね。それ以上のことを乗り越えた人たちを見てきましたから、そう思います。
これまで日本からは584件の応募……、少ない?
James:日本からY Combinatorのプログラムに応募した人の数は?
Michael:ちょっと待ってください、名簿を確認してみましょう。これまでのYCの16年の歴史の中で……、日本からは584件の応募がありました。
数十万人のうちの584人です。ちょっと計算してみましょう。22万5,000件の応募があって、これまでYCに採択された3,500社のうち……、5社が日本ですね。そのうちの1社であるGenomelinkのトモさんは、とても印象に残る会社でしたね。彼が言うDNAアプリストアのようなサービスは、明らかにグローバルな会社でした。
(Genomelink高野氏のYC採択体験談については、Y Combinatorって今どう? 採択された日本人起業家の体験談 | Coral Capitalもご覧ください)
James:彼の存在が、今回のポッドキャストインタビューのきっかけにもなりました。すごい会社ですよね。
Michael:ええ、私たちはグローバルな視点を持った創業チームをもっと増やしたいと思っていますが、Genomelinkは、まさにそうした1社です。
日本のエコシステムをグローバルに
James:これは私たちの使命の1つですが、日本のブラックボックスをオープンなものにして、もっとグローバルなエコシステムにしたいと考えています。
Michael:日本のスタートアップエコシステムのグローバル化について話しましょう。日本はとても興味深い場所です。グローバル市場で活躍する企業が、日本にはたくさんありますからね。今のような日本のスタートアップエコシステムが生まれた背景は、どう見てますか?
James:いろんな説明があり得ますが、結局のところ最も大きな問題は言語と文化の壁です。非常に孤立した市場になりがちだ、ということだと思います。もう1つは、日本の市場自体が非常に大きいということです。そのため、グローバルなビジネスチャンスを得るためのインセンティブが低いのです。
一方、隣国の韓国はどうでしょうか。日本の4分の1程度の大きさだと思います。言葉や文化の壁があるにもかかわらず、早い段階からグローバルな視点で物事を考えようとするインセンティブが働きますよね?
Michael:そうそう、そうですよね。でも、その変化のきっかけは何だと思いますか? 何が起こると日本も変わると思いますか? これは明らかに時代の流れで、いつか必ずやってくる変化です。
James:私たちの取り組みが、変化につながると思いたいですね。日本で最初にファンドを立ち上げたときにやったことの1つは、コンテンツに力を入れたことです。私が起業家だった頃には、日本では起業や成功事例に関するコンテンツはなかったんです。だから私たちは、YCやAndreessen Horowitzのやり方を参考にして、大量のコンテンツを公開することで、日本の閉鎖性を打破しました。
今は情報が大きく増えて、変わってきました。私たちが公開しているベスト・プラクティスの多くは、もちろん英語で共有されていた知識に触発されたものです。そして、先ほどお話ししたような言語の壁を越えてきたものです。
もう1つ変化のきっかけと思えるのは、日本を主要市場としながらもレイターステージでグローバルな投資家から資金調達したロールモデルとなる企業が増えてきたことです。例えば、SequoiaやLight Street、KKRなどからシリーズCを調達したようなスタートアップです。
自分自身のハードルを上げて、より野心的なチャンスをつかもうとする創業者は増えています。その結果、英語を学ぶ必要に気づくのです。 英語を話すことへの恐怖心を克服する必要があり、そうした変化は他の市場に比べれば遅いかもしれませんが、変化はしていると思います。
Ken:間違いなく変化していますね。特にクリプト系の創業者を見ていると、若い人たちは英語を話す傾向がありますね。Jamesの指摘に加えて言うと、これまでの日本は製造業や電子機器などハードウェアで成功してきています。だから長い間、ソフトウェアの価値を過小評価していたんですね。ここに来てデジタル化やデータ駆動型社会という新しい現実に、いま目覚めつつあるように思います。こうした変化は時間がかかると思います。
James:良く思うのは、設立当初からグローバルな視点で物事を考えている企業は、得てしてソフトウェア系のスタートアップではない傾向があるということです。例えばGITAIのような宇宙ロボット、京都フュージョニアリングのような核融合スタートアップに投資していますが、彼らは視点がグローバルです。
でも、ソフトウェア系だと国内市場を狙うほうが現実的だったり合理的だったりすることがあるんですね。
「勝ちたい」ならソフトウェアのスタートアップを
James:ソフトウェアのスタートアップと、それ以外のスタートアップでは資金調達やコスト面などで全く違うわけですが、Y Combinatorへの参加では、これはどう影響しますか?
Michael:まず最初にはっきりさせておきたいのは、今のグローバルなスタートアップの資金調達というのはソフトウェア以外に主眼を置いて構築されたコミュニティではない、ということです。ですから、ほとんどの資金はソフトウェアに使われ、ほとんどの人がソフトウェアから成功を得ようとしています。投資家のほとんどはソフトウェアのことを考えているでしょう。
しかし、このコミュニティの片隅では、バイオの話がよく出てくるようになってきました。ハードウェアも出てきています。ハードウェアや宇宙も出てきています。しかし、残念ながら、このような端っこの部分が声高に叫ばれることで、創業者たちは自分たちが端っこの部分以上のものを代表していると思い込み、混乱してしまうことがあります。その結果、ソフトウェアのおもちゃのほうが、驚くほど重要な宇宙関連のプロダクトよりも早くお金を手に入れられるように思えて、創業者は困惑してしまうのです。だから最初に私たちがやるのは、クスリを処方するように真実を創業者に伝えることです。
宇宙関連は良く話題になります。でも、話題になるほど投資されているわけではありません。だから、スタート時点からハードな挑戦であることを理解しなければなりません。ハードウェアがソフトウェアと同じくらい簡単になるような革命が起きていると思っているなら、それは間違いです。これは、私たちがすでに十分な数のハードウェア企業に投資してきたから分かることです。決して不可能ではありませんよ?
もし文字通り10倍難しいことに挑戦すると決めていて、それに必要な才能があなたにあるのなら、私たちは投資するでしょう。YCの出資企業であるRelativity SpaceはIPOしたばかりで、3Dプリンタでロケット製造を手がけています。ハードウェアと宇宙の両方ですね。他にもBoomというスタートアップは、次世代の超音速ジェット機を製造しています。
でも、本当に難しいことなんです。
もしあなたが「勝ちたい」と思っていて、次世代の飛行機や、次世代の宇宙の何かを作りたいと思っているクレイジーなほど情熱的で嫌な奴でない限り、何か他のことに取り組んだほうがいいと思いますね。なぜこんなことを言うかというと、ただ勝ちたいと思っている創業者なのに、こうした分野に誘惑され、その道のりがどれほど険しいかを理解していないことがあると思うからです。
スタートアップでは最悪の事態を想定するのは間違い
Ken:日本の起業家に、何かアドバイスはありますか?
Michael:「日本の」と言われると難しいので、私が思うYC創業者にとって大事な2つのこと、と言い換えて回答してみましょう。
1つめのアドバイスは、恐怖心に駆られて最悪の事態を想定して計画を立てるのは間違いだ、ということです。
最悪の事態を想定するということは、物事がうまくいかない想定で保守的な判断をすること。これは賭けだというということを理解していない、ということなんです。
もしうまく行くなら、めちゃくちゃ成功するわけです。うまく行かなければ、ただ死があるのみ。だから成功を前提にして「自分は何をしようとしているのか」と自問すべきなんです。成功するという前提で判断するんです。恐怖を感じて失敗を考慮するのではなく。
2つめのアドバイスは、これは99.9%の参加者が死ぬゲームなので、自分の同類と比較してはいけないということです。平均的な結果は「死」なんです。
起業家の多くは、こんな人たちです。
これまで素晴らしいコミュニティに身を置いていて、頭の良い高校に通い、平均以上の能力を持っていたことでしょう。それは素晴らしいことです。良い大学に行って平均以上の成績を収めたでしょう。これも素晴らしいことです。良い企業に入って、平均以上だったでしょう、うん、素晴らしい。でも、もしあなたが平均より少し上の創業者だとしたら、あなたの会社は死ぬんです。行き着く先は「死」。
周りの人たちと全く同じ行動をしていたら、ほぼ確実に死ぬ。そこを誤解してしまうのです。周りの人と違うことを進んでやらなければならないのです。これは怖いことです。
突き抜けるのは怖いものです。この恐怖があるから素晴らしい会社を作るために革新的なことをやれる人というのが少ないのが実態です。例えばGoogleがスタートしたとき、検索エンジンなんてスタートアップのアイデアにならないと誰もが思っていました。もしGoogleの創業者たちが友人にアンケートを取ったら「めっちゃダメそうなビジネスを始めている」と言われたことでしょう。
でも、その友人たちは明らかに間違っていたわけですよね?
James:なるほど、すごく響く話です(笑)
Ken:ほかに日本の創業者たちに伝えたいことはありますか?
Michael:YCに応募しないのは自分には無理だと思っているからというのが多いです。ステージが早すぎたり、遅すぎたり。あるいは対象じゃない市場だからと考えていたり。自分の国から、たくさん参加しているように見えないから、かもしれません。
だから、ここでハッキリ申し上げましょう。私、YCのMichaelは「日本企業に資金を提供したい」と思っています。「日本の創業者にとってY Combinatorとは何か?」を先駆者となって考えてみませんか? これまで私たちが出資したYC企業で、それぞれの地域から来た最初の創業者たち同様に、私たちYCが、その地域の創業者たちとどう関わり、支援し、コミュニティを築いていくのかを形作って行くんです。参加すれば、初日から、このグローバルなコミュニティの恩恵を受けることができるんです。
James:素晴らしい…、アリガトゴザイマス!
Michael:こちらこそ、機会をいただけたことに感謝です!