本記事は豊田菜保子さんによる寄稿です。豊田さんは、楽天をはじめ、国内外の企業で人材育成やダイバーシティ推進を専門としてきました。現在は、スタートアップや起業家人材の支援プログラムを主に自治体と協力して企画・運営する傍ら、スタートアップやテック企業向けに「人」「チーム」「コミュニケーション」に注目した研修やアドバイザリーを提供しています。
スタートアップ人事の全体像、つかめてますか?
スタートアップ経営において、「人事」というのは、具体的に何をすべきか分かりにくい分野ではないでしょうか?そんな方も、この記事を読めば、スタートアップ人事の全体像をざっくり理解し、他社の事例や投資家の目線から、自社の人事施策を考えるヒントが得られます。
今回は、Coral Insightsが過去に公開した人事系記事や、メルカリ・ZOZO・サイボウズなどの新興企業に関する情報を、人事の各トピック・領域別にまとめてご紹介します。
今日は前編として、下記のトピック・領域から、前半3つを取り上げます。
<トピック>
- 創業期の人事
- 「1人目人事」採用
<領域>
- 採用・退職(←前編は、ここまで)
- 報酬・評価
- 就業規則・制度企画
- オンボーディング・人材開発
- ダイバーシティ
「もっと知りたい!」と感じるトピックがあれば、リンクをクリックして元記事に飛んだり、検索してみるなど、ぜひ寄り道しながら読み進めていただければ幸いです。
創業期の人事:労務・採用・カルチャー
創業期のスタートアップ人事は、なるべく「リーン」であるべきです。Coral Capitalでは、創業期の3つの時点(会社登記、最初の社員雇用、10人目の雇用)で必須となる「労務」タスクについて、『ペライチで分かる! 創業期チェックリスト【労務編】』にまとめて公開しています。リストにある届出書類の作成や、労務管理の基本を学ぶには、厚生労働省が公開する『スタートアップ労働条件』サイトが便利です。
「採用」について、米国NYのUnion Square Ventures・パートナーのフレッド・ウィルソン氏は、『会社のステージ別の最適な従業員数』という記事で、「プロダクト構築のステージでは5人以下、製品が市場に受け入れられるまでのステージでは10人以下、高い収益を生み出すことや、ビジネスモデルの堅牢化に取り組むステージでは25人以下」と、ソフトウェアベースのビジネスのための経験則を共有しています。
最初のエンジニア採用をはじめ、初期の採用は難易度が高いですが、試行錯誤しながら進むほかありません。ある程度ノウハウが蓄積されたら、面接の質問を構造化すると、面接官に関わらず再現性を高められます。資金調達前から、優秀な人材とは積極的に接点を作りましょう。資金調達後は、Coral Careersのような採用支援サービスを投資先に提供するVCもあり、少しずつですが、風向きが変わってきます。
もう1つ、創業期に取り組む価値のある人事タスクが、「カルチャーの言語化」です。これは、採用面接で「カルチャーフィット(=この候補者は、自社の文化に合っているか)」の判断基準になるなど、そのあと展開する様々な人事施策に、一本の芯を通してくれます。
例えば、メルカリが現行のミッションとバリューを制定したのは、設立から10カ月、従業員10名を超えたばかりの頃でした。その中心となった現・会長の小泉文明氏は、インタビューで「メルカリではサービスと会社とを分けて考え、会社としてのメルカリもきちんと定義したかった。5年後、10年後にどうなっていたいかをミッションにし、そのために必要な考え方や行動をバリューにして、組織施策や評価、採用基準にもひもづけました」と語っています。
「1人目人事」採用のタイミング
シリコンバレーの著名アクセラレーターであるY Combinatorで、2代目代表を務めたサム・アルトマン氏は、『スタートアップの始め方(How to start a startup)』と題した講義で、人事に本格的に取り組むことを先延ばしにする起業家に対して、次のように注意を促しています。
「(人事は)起業の最初の段階では、ほとんどの人が無視すべくして無視していることの1つ。コードを書くか、ユーザーと話す以外は、すべきでないからです。しかし、これを無視し続けてしまうのは、大きな間違いです」
同アクセラレーターの人事担当役員であるレネー・マーズ氏は、人事の専任者を採用するタイミングについて、スタートアップ人事の重要点をまとめた記事で、「従業員20~30人程度、あるいはシリーズAラウンドの後」を推奨しています。さらに、会社規模を急速に拡大する予定がある場合や、スタッフの労務管理が必要な場合など、より早い段階で人事担当者を配置するのが理にかなっているケースもある、と付け加えます。
Coral Capitalが「1人目人事」を採用中のスタートアップ4社にインタビューをした際、登壇スタートアップの会社規模は、5名〜35名と幅がありました。インタビュー当時、メンバーが5名だったエピックベース・CEOの松田崇義氏は、「なぜ、いまのステージで人事担当を採用するのかと驚かれるかもしれません」と前置きしたうえで、次のように語りました。
「SmartHRの宮田さんなど、たくさんの経営者と話す機会がありました。多くのスタートアップ経営者が言うのは、もし次に起業することがあったら、できるだけ早く人事を採用するということです。…実は弊社の創業メンバーはみんな、過去に組織的にとても苦労をした共通の体験があります。そのことから早い段階で組織風土を作るということが大事な課題だと認識してるんです」
採用・退職
1人目人事がジョインすると、多くの場合、最初の優先タスクは「採用」です。求められるのは、(1) 自社のカルチャーや戦略に合った採用ロードマップの策定、(2) プロセス管理、(3) スピーディーな実行力です。
日本ではスタートアップ人材市場が小さいこともあり、資金状況が改善しても、採用活動にはかなりの労力を割くことになります。採用に関する一般的なベストプラクティスを参考にしつつ、自社に合った方法論を見つけていく必要があります。「食べチョク」を運営するビビッドガーデンの「1人目人事」である佐藤薫氏は、インタビューで次のように述べています。
「まずは採用方針を固めることが先決でした。スタートアップのリソースは限られています。やるべきことは山積していますが、成果を出すために優先順位を決めなければいけません。そのため、必要な施策をポストイットに書き上げてインパクト順に並べていきました。同時に、会社の規模と成長に合わせて、『いつ』『どのポジション』を『何人』採用していくのか、経営陣と一緒にシート化(可視化)しています」
また、採用体制を作る上で意識していたことについて、同氏は「まずは全ポジションの業務理解ですね。加えて、ステークホルダーと方針を握り切っておくこと」と明かし、「採用担当者は遠慮を捨て、各ポジションの会議にすべて参加する。それくらいの勢いが必要」と、人事が現場を知ることの重要性を伝えています。
「プロセス管理」や「スピーディーな実行力」に関しては、Coral Capitalと4社のスタートアップ人事との対談でのContractS(旧社名Holmes)・増井隆文氏の次の発言に、その実際がよく表れています。
「僕が入社した2019年2月当時、Holmesは11人規模でした。そのため、就業規則も勤怠管理システムもない状態だったんです。出勤退勤時刻はエクセルで各自が入力していましたね。当然ながら、採用プロセスもぐちゃぐちゃ。そこから1年で、50人規模になりました。
入社当時、Holmes代表の笹原から言われたのが、採用プロセスの管理でした。採用候補者とのやりとりはLINEやFacebookメッセンジャーなどバラバラだったので、まずATS(採用管理システム)を導入しました。そして、各チームのリーダーから選考プロセスを巻き取って、求人票の作成や返信メールのテンプレート、スカウト文を作成。これを20職種ぐらい、入社1週間の間で行いました」
従業員体験(EX)の入口が「採用」なら、出口となるのが「退職」です。コンプライアンスとして必須の退職手続きに加えて、「退職面談」も重要なタスクとなります。これは、組織としての改善点を学び、至らなかった点を認め、感謝の言葉を伝える機会です。円満退社であることを共有・強調できれば、雇用主としての会社の評判を下げるリスクを最小限にできます。
また、離職率が高い場合は、分析と対策が必要です。先述のNYのVCパートナーであるウィルソン氏は、『従業員の離職率を下げる方法』という記事で、「ミッションや社風を構築することで従業員を定着させ、可能な限り離職率を下げることに注力するべき」と促します。定着の促進には、6つの観点(コミュニケーション・採用・カルチャーフィット・キャリアパス・アセスメント・報酬)から対策を取るよう提案しています。
一般的に離職率が高いと言われるIT業界ですが、社員の目線に立った対策により、定着を促すことは可能です。例えば、サイボウズでは、業績好調の2005年に離職率が28%まで急増し、経営陣が会社の存続に危機感を持つ事態に陥りました。そこで、社員の声をもとに、1人1人が求める働き方を尊重しようと、「選択型人事制度」を導入しました。これは、働く「時間の長さ」と「場所の自由度」を、それぞれ3通り、合計9通りから選択できるようにしたものです。こうした施策により、離職率を4%まで下げることに成功しています。
自社の人事施策を考えてみよう
今回は、Coral Insightsが過去に公開した人事系記事や、シリコンバレーや日本の新興企業に関する情報を、人事の領域別にまとめてご紹介しました。
後編では、報酬・評価、就業規則・制度企画、オンボーディング・人材開発、ダイバーシティといった領域を見ていきます。この記事を他のメンバーにも共有し、自社のニーズやステージに合った人事施策を考えるヒントとして、ぜひご活用ください。
続きはこちら→スタートアップ人事まとめ【後編】報酬・評価、就業規則、人材開発、多様性
Contributing Writer @ Coral Capital